収穫ディスタンス


 それから何をしたかと言うと、カ・ルメとジークが作り上げた果樹園の果物を一種類ずつつまみ食いさせてもらうことだった。小さな果樹園とは言ってもカ・ルメとジークが張り切ったのか五種類くらいはあったので、果物丸々五個を、よりによってサンドイッチを食べた後に腹に収めることになる。途中、流石にこんなに食べられないよと伝えると、ジークが半分食べてくれたりしてくれた。と言っても、ラズベリーみたいな小さな実もあったのでそういうときは一人でも十分食べ切れたのだけど。
 籠を二つ提げたジークの横を歩きながら、口に含んで難しい顔をしながら。

「甘酸っぱい味がする」
「まだもうちょい早かったかもな。旬はもう少し後なんだ、たしか。俺らがここに居座るのは夏が大半だから、初夏から盛夏辺りが旬の果物を植えている。それは盛夏が旬のやつだった気がする」
「旬の時だともっと甘い?」
「そうだな、どっちかと言うと。酸味のある甘さというか……。それを甘いと言うのかは知らねえけど」

 ビワみたいな外見をしたオレンジ色の果物だった。外見はビワみたいだが、食べた感じだと味はちょっと固めの蜜柑に似ている。甘い蜜柑も旬だと甘味が増しているので、これも同じようなものなのかも。ビワには中央に大きめの種があるものだが、この世界のビワにはスイカの種みたいなものが三つくらい、中央付近に並んでいるのを見ただけだった。真佳は残したそれを見て、「俺たちは食べる」と言っていたので、食べられる種であるのだろう。この実を、ジークはバルクと呼んでいた。
 ほか三つの果物も、そういう具合で淡々と。ジークがここまで面倒見がいいとは思わなかったので、真佳の素朴な疑問や感想に一々相槌を打って応えてくれるその様相が意外に見えて仕方がない。

「ジーク、もっと怖い人だと思ってたんだよ」
「何だそれ……」
「閉鎖的というか、排他的というか……や、悪い意味じゃなくってね」
「悪い意味にしか聞こえねえだろ。悪かったな。自覚はあるわ」

 誤解されたまま捉えられてしまった……。喋るという行いが苦手なのは、何もジークだけに限った話ではなく、真佳だって同じことだ。

「うーん、違うくて、警戒心が強いというか、でもそれはそれだけ周りにある何かを大事にしてるってことでしょう?」

 ジークの目線がこっちを向いた。瞳孔が縦に切れた、銀の切れ長の瞳が鋭く真佳の目を射抜く。

「だからこんなに早く気を許してもらえるとは思ってなくて」
「気を許したわけじゃねえ」

 ぶっきらぼうに言ってぷいと視線をそむけるジークの腕には、でも果物が詰め込まれた籠が二個、真佳の分も含めてぶら下がっているわけで。
 素直じゃないなあ……と思ったが、でもそれはこちらの思い込みであるかもしれない。ジークとしては、本当の本当に気を許したわけではなかったりして。真佳がジークに対して、或いはカ・ルメと今一緒にいるであろうヤコブスがカ・ルメに対して、今この瞬間にも襲いかかろうと画策しているのではないかと常に疑心暗鬼に囚われているのだったりして。
 ……なーんて、まさか本当にそう思ってるんだとしたら、

「だってそれなら、カ・ルメをヤコブスと二人っきりになんてさせないでしょう」
「…………」

 当然考え得ることを口にすると、ジークはとてもとても渋い顔で、嫌そうなのを隠そうともしない表情のまま静かに口を閉ざすのだ。何が嫌なんだろう。カ・ルメを大事にしていると他人に思われていることかな、と、ほとんど直感でそう思う。

「……チョロいと思ってんだろ」
「何が?」

 半ば条件反射で聞き返すと、死ぬほど悔しそうな声色で続きを言われた。

「会って間もない人間相手に大事な幼馴染を置いてくるような愚行を晒した俺のことをだよ……!」

 ……どうにもネガティブに聞こえる声音で。

「え、いや、別にそういうことじゃ」
「そういう話だろうが! かんっぜんに油断した。マジだ。普通カ・ルメと野郎を二人っきりにはしねえよな!? 気を許してたのか俺!?」
「私に聞かれても」

 一人で赤くなったり青くなったり、ついでに耳をぴくぴくさせたり尻尾をぶんぶんさせているジークを見つめて、どうにもしっくり来てしまった……。警戒心が高い堅牢な野獣に見せて、その実感情に冷静さがついていかない、めちゃくちゃ身内に甘い室内犬タイプ。これはカ・ルメがジークを弟と評されて大笑いするはずだ。真佳が弟と言ってしまったことにあの時深い意味は無かったが、これでは本当にカ・ルメのほうが姉っぽい。
 ジークがいつの間にか真佳とヤコブスを身内認定していた、ということに関しては……正直言って嬉しいというか、どちらかと言うと面映ゆさを感じてしまうわけなんですけれども。

「お前これ……カ・ルメに言うなよ」
「何を?」
「完全に気を緩ましてカ・ルメとあの男を二人にしてしまったということだよ、くそ……」
「多分カ・ルメ気付いてるよ」
「……気付いてないかもしれないだろ」
「気付いてる。しかもそれを承知の上で見送って、ジークはいつ気付くだろうかと考えてにやにやしている」
「…………」

 心当たりがあったようだ。ジークは素直に口唇を閉ざした。カ・ルメに関しては勿論、真佳やヤコブスよりもジークのほうが付き合いが長いことになるのだから、真佳程度で分かることであれば、きっと情景をありありと思い浮かべられるくらいには実感を伴って理解出来てしまうことだろう。それがこの場合いいことか悪いことかは別にして。
 いいなあと、漠然と思っていた。真佳にも幼馴染がいて、それは勿論元の世界の幼馴染で、この世界にはいないわけで。
 真佳、と言う、少し気弱な、でも芯の通った男の子の声が耳元をかすめて逃げてった。

(……あー、ちょっと、少し、きついかもしれない……)

 何でよりによってこんなところで。夜、一人、ベッドの中で元の世界のことを思い返して涙を流すことは何度かあったが、昼間にこういう思いをしたのは久々だ。溢れ出しそうになる涙を無理やり目の奥のほうに引っ込めて、殊更明るい口調で真佳は言った。

「いーじゃん別に。カ・ルメにそんなふうに思われるのは嫌?」
「嫌っていうかダセェんだよ。カ・ルメはどうせ何も考えてねえんだから俺が気ぃ張らなきゃいけなかったっつうのに……」

 守らなきゃいけないと気を張っていた相手よりも先に気を緩めてしまったというのが決まり悪いのか。そういう話なら分からないでもない。普通に格好悪いもんな。……と言ったって、もう実際カ・ルメをヤコブスに放り出してきてしまった後なので、今更何を悔やんだところでどうしようもないとは思うのだが。

「素知らぬ顔で帰ってって、ただいまーこれだけ取れたよーって果物見せちゃおうよ」
「いやアイツはにやにやして見る。何か言おうもんなら全力でからかうが、何も言わなければ言わないでにやにやした顔で俺を見る」
「そんなこと言われたって」
「あーもーアンタらが無闇矢鱈に普通に接してくるせいだ!」
「絶対そんなことはないでしょ」

 もっと言うなら、こうして言葉を重ねている間にどんどんぼろを出している。初めに出会ったときの孤高で気難しい銀狼の青年という雅なイメージを返してほしい。……というのは、流石に真佳の心の内のみの冗談として。

「実は分かってましたってふうで帰ろうよ、じゃあ」
「どういうことだ……?」
「別に忘れてたとかじゃないけどカ・ルメがヤコブスと話したそうにしてたから気を利かせて席を外したんだぜ的な」
「話したそうにしてたのか?」
「いや別に。全然」
「じゃあ駄目じゃねえか!」
「分かんないじゃん、本当は話したがってたかもしれないじゃん」
「そんな博打には出れねえよ! 的外れだったらより惨めになんだろうが!」

 めちゃくちゃ真っ当に噛みつかれて「ぐう……」口を噤む。意外に面倒な性格をしていやがる。やっちまったもんはやっちまったもんで気にせず帰ったらよいものを……まあ確かに真佳だって失敗は極力隠したくなるものだけど。それはいっそ棚の上に上げておいて。

「と言ったって、もうやっちまったもんは仕方がないよ。置いてきてしまったのは揺らぎのない事実なのだし」
「あー、嫌だ。帰りたくねえー」
「そんな子どもじみたことを……」

 言ってから、ジークの正確な年齢を自分は知らないなということに気が付いた。というのは、まあカ・ルメが濁したからなのだが。
 いずれにしても、相手が何百年生きているとかいうので気を使うとか敬うとかいう心境は、富豪の街チッタペピータを出た時点で真佳の中から枯れ果てている。この一月で長命種と出会いすぎて、そういう感覚が麻痺してきていたところであったのは確かなので、変に濁されたほうがもしかしたら良かったのかも……という気が、実際してこないでもない。

「アンタ、カ・ルメの気をそらしておいてくれよ」
「そんな無茶苦茶な……っていうか出てるよ。何かこう、私に気を許してる感」
「出てねえよ」
「出てるよ。もうキミ素で帰っていったほうがカ・ルメは気を紛らわすと思う。意地を張らずに、もうめちゃくちゃ仲良くなってますけど何か?的な顔して帰ろう」
「誰と誰が仲良くなってるだ、調子に乗んな!」
「テッ」

 額に物凄いデコピンを食らった。びしっという鋭い音で鼓膜が震えた。デコピンとかいう可愛いものじゃないこんなの絶対。

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