「西へご旅行ですか? お仕事? それにしては人数が多いですね。荷馬車も持っていないようですし……」
「仕事と言っても教会の仕事だからな――それからそっちの人間は連れではない。道中ばったり出くわしただけだ」
「それで話が合ったので一緒にやって来ちゃいました」
「マナカ!」

 名を呼ばれるという短い間だけでマクシミリアヌスに叱咤された。いや、だってあまりに意地悪言うものだから……。門番は怪訝な顔をしながら入街許可証を発行し、全員分まとめてマクシミリアヌスに交付した。つば付き帽を持ち上げて「よい日々を」ぞんざいな口調で口にする。とっととこのおかしな連中と縁を切りたいといった体だった。
 首都ペシェチエーロの門、港町スッドマーレの門と、この一ヶ月で合計三つの街門をくぐり抜けたことになるのだが、装飾に関してはここチッタペピータの街門が断トツであろうと真佳は思った。高さはペシェチエーロより少し低いくらいだが古さに関してはそれ以上で、まるで歴史を誇示してでもいるかのようにこれまで必要以上の改修を行ってこなかったのだろうと思われた。てっぺんの上端に近い部分が細く出っ張って黒檀の色を発している。よくよく目を凝らしてみると、それが龍の装飾であることがすぐに分かった。街壁と共にぐるりを巡らせた龍は自身の尾を噛むウロボロスを彷彿させる。地面付近になると更に装飾は過多となり、果物らしきものがダマスク織のような格好で浅く彫りつけられていた。上にいくほどに装飾密度が薄くなるグラデーション。ところどころに宝石や金に似た色の石が使われているが、まさか本物の宝玉ではあるまい……。いくら富裕の街と言ってもそれなりに犯罪はあるはずだ。
 しかしそれを言うとマクシミリアヌスは、「どうだかなあ……」と難しい顔で首を横にひねるのだった。

「前も言ったとおりここはほぼほぼ貴族だけで構成された街であるのでな。貴族が何を重んじているか分かるかね――歴史だよ。それも誇り高い。富裕の街と周りから言われることも手伝って、彼らは当然のようにこの街にも同じものを追い求めるのだ。その彼らがこの街から出た犯罪者を許容するかと言うと……。
 この街には犯罪者収容所がない。これで大体の意味は分かるだろう?」

 そう言って両肩を小さく持ち上げた。犯罪者はどんな小さな犯罪であっても街からの永久追放か、あるいは近隣都邑への送還かな……。どちらにしても、ここに犯罪を犯した者の居場所というのはなさそうだ。あるいは金で解決する場合もあるかもしれない。一族が盗みを働いたとして、壁に埋め込まれた宝玉を新たに買い入れ工事業者や行政機関にも金を積む……。よくよく考えたら、そんな矜持の塊が壁の宝玉に一つでも欠けを許すわけがないんであった。つまりこの壁の装飾は、自身を含めたこの街の人間が清廉潔白であることを示す印でもある。……もし本当に装飾が本物であったと仮定して。

「宿は念を入れて教会機関のなるべく近くをとるからな。やましい気持ちがあるのなら別の宿に向かってもらっても構わんぞ」
「ありがたい忠告だが、どちらにせよこちらもそのつもりでね」

 マクシミリアヌスが隠しもせずに舌を打ったが、ヤコブスの飄々たる態度は微塵も崩れはしなかった。教会近くで構わないのかと近くにいたフゴの袖を引いて確認すると、「ああ、近ければ近いほどいいですよ。遠くに宿を取る人間より、何せ信用されやすいですから」。……そういうものか。どちらにしろそうであるほうがバラける心配がなく好都合ではあるのだが。
 チッタペピータの中心部に向かって歩を進め始めた周囲に反して、街門の面前でとある一点に視軸を注ぐさくらの姿が視界に入った。何か考えていることは間違いないが、何を考えているかその表情からは読み取れない。訝しげな、不審げな、興味深げな、無関心的な……どれをとっても合ってる気がした。

「さくら」彼女の目の前至近距離で手を振って、「何に見とれてるの? 空?」

 ちょっと驚いた顔でさくらの眼差しがこっちを向いた。まだ日も昇りきらない時分の陽光はほんの少し眠たげで、灰より薄い彼女のまなこを淡い色合いで輝かせもって銀にする。

「見とれるほどの空ではない」

 と本日のお昼間近の空を酷評してから、さくらは指の腹を彼方へ向けた。さっき見ていたのと同じ方向。そこは多分中央から放射線状に走る通りの一つであって、チッタペピータ内では唯一大通りと言える箇所なのだろうと思われる。中央区画にぶつかるまでは荷馬車が複数並んで走っても問題ないほどの広さが続き、そこに視界を遮るものはない。両脇の建物がどれも高く広大なだけに通りを通る通行人がちっぽけに見えるほどだった。
 さくらが指差す方向はその更に先、チッタペピータの行く末を左右する貴族による貴族のための行政機関、また彼らの擁する自治体の本部等が林立してると聞いている中央区画を飛び越えて、更にずっと頭上にあった――。

「尖塔」

 言ってしまってから遅ればせながらどきりとした。今までずっと目的地に至る道標として嫌になるくらい目にしていたのに、一瞬その存在に気付けていないでいたなんて。数百年の時を超えて肖像画から抜け出た男――彼がいると言われているのがあの尖塔の場所であるのだと、トマスはそう口にした。

「向かって歩いてたときにも思ったけど、本当に高いところにあるのね。ここらにある建物はどれも全部平均以上の大きさだけれど、それでも建物の影に隠れずこうして見通せるだなんて」
「成長してる、ってな噂もありやすからね」

 ……いつの間にか“大鼻”トマスが真佳の近くを陣取っていた。高く聳える尖塔を同じように仰ぎ見て、しみじみとそこに立っている。馬の手綱は手放していない。

「……まるで前にここで何か思い出でもあったよーな格好だね」

 はっはっは、とトマスが笑った。高らかな空に突き通る引っかかりのない笑声だった。

「まあ通ったことくらいはありまさぁ。何せでかい街ですからね。そのときに何かあったかどうかは、ご想像にお任せしやすよ」

 ……はぐらかされたことを一拍遅れて理解した。ますます歳が見当つかない……。



きぞくのまち



 チッタペピータの中央区は前に述べた通り貴族による行政機関の地区であり、その中にソウイル教会は旧教も新教も入っていない(新教が入っていれば流石に摘発対象として弾圧されているとは思うけど)。
 首都ペシェチエーロや港町スッドマーレでは何にもまして尊重されていた教会だけれど、貴族の街では前情報の通りあまり崇高視はされていない。大通りを真っ直ぐ行って中央区画をぐるりと盛大に回らされてから、ようやっと教会施設が目に入る。中央区画を囲む通路の一隅にひっそりと佇むそれが教会であることに、気がつくのにはかなりの時間を要してしまった。首都にある大聖堂と比べること自体が間違っているのはスッドマーレの聖堂を見て重々承知はしているが、それにしてもあんまりだ――三十も収容できるとは思えない小ぢんまりとした礼拝堂に、教会の最低限の施設がおまけみたいに身を寄せている。治安部隊棟はごみごみした駅近くにある駐在所を思わせる縮小っぷりで、運命鑑定士はいるのだろうが他はあまり機能を果たしているとは思えない。ここの管理・運営は中央区画に聳え立つ建築物で行っているのだから、当然と言えば当然か。

「まるで誰にも信仰されてないみたいだ」

 と真佳が言うと、マクシミリアヌスが「いや」と答えた。

「チッタペピータにはこれでも、熱心な信奉者が数多くいると聞く。週に一度の祈りもちゃんと行っているらしい。ただ同時刻に集まろうという連中が少ないので、こうして聖堂も縮小される。これでも機能は果たしておるのだ――問題は行政棟のほうでな」

 マクシミリアヌスが少し渋い顔をした。この現実を憂いているのか許容しているのか、その横顔からは判別つかない。

「ともあれ、教会がこういった具合なのでペシェチエーロやスッドマーレの如く教会の宿泊施設というのがここにはなくてな。教会関係者ご用達の宿はあるから暫くそこで世話になろう。運命鑑定士に伺いを立てるのは宿を取ってからでも構わんだろう」

 黒の革靴を鳴らして大男が背中を向けた。駐在所もとい教会治安部隊建造物に立ち尽くしていた隊員が、手持ち無沙汰げにこっちを見た。マクシミリアヌスが向かった先は本当にここから随分近くで、教会施設が中央区域の左上エリアにあるとすれば宿泊施設はその隣、右上エリアにあることになる。その場に立ったままでもマクシミリアヌスの行く末はすぐ割れた。

「治安部隊員の目と鼻の先になるわけだけど」

 とさくらが言った。無論傍にいたガプサのリーダーに言ったのだ。ヤコブスが額に上げたゴーグルの位置を調整し、それから薄く肩を竦めた。

「どの道治安部隊員なら近くにいる――君らの中佐もここの隊員も、皆同じようなものだ」

 それに関してはカタリナ以下もどうやら同じ心中で、誰も異論を挟まなかった――新教と旧教で仲良くするのはどうやら想像以上に難しい話であるかもしれない。それでも仲良くすればいいのになと、理想を言ってはみるけれど。

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