bファイル8ランク



「あれ、やっぱり二人一緒にいたんですね」

 食堂に入って開口一番言われたことに真佳のほうが驚いた。“やっぱり”……? さくらのほうに視線をやるとあらかじめそうと定められていたかのようについと視線をそらされた。……今のそらし方はまずいものがあるからそらしたっていうだけの奴ではない。何でも分かってますよ私は、とでも言わんばかりのそらし方……。やっぱりさくらにはすぐにバレたか。
 マクシミリアヌスが一瞬こっちを見ていたことに一拍置いて気がついた。前方ではペトルスが、開いていた本を机の上で閉じながら「カッラ中佐に銀の鎚を渡したとき、見当たらなかったのでどこか別の場所にいるんではと勘繰っていたところですよ」屈託なく報告して屈託なく笑っている。まあ……言ったら絶対怒られるし、今後一人で行動出来なくなるだろうから言わないでおくけど罪悪感がチクチク痛い。何て言い訳しようかなと考えていたら、真佳よりも先にマクシミリアヌスのほうが言を発した。

「いや、俺のところにずっといたが」

 ……驚きに目を瞠ったのは真佳だけでなくさくらもだった。

「あの時は部下数人のほうに預けてから戻ったのだ。まだ自分の足で捜査をしたいようだったのでな。別の護衛を複数つけたし今回ばかりは彼女の意思を尊重した」
「へえ、正直意外でした」

 ……さくらの視線がこっちを向いた。そのまま反射的に視線をそらした。……しまった、平然としていれば……いや、さくらならまだセーフかな。今回ばかりは自分が絡んでる事実上、さくらも多分それほど強烈な一喝はお見舞いできまい……。
 それよりも、“意外”だったのはこっちのほうだ。まさかマクシミリアヌスがこの件で積極的にフォローしにきてくれるとは夢にも思っていなかった。“犯人探しに必死でこっちにばかり構ってられる余裕が無い”んだろうという推測はもしかしたら間違っていたのだろうか。その理由からはフォローの行動に至らない。

「……で、どうだった? 銀の鎚」

 ほとんど半眼でこっちを睨んでいた視線をあっさりマクシミリアヌスにとって返して、真佳の友人は別の話題を口にした。食堂の一応のお誕生日席にあたる一辺のほうに腰を下ろして、マクシミリアヌスは「ああ」と小さく頷いた。

「あの後最優先で調べさせたんだが、“シルバー・ハンマー”が生成したもので間違いはなかった」
「いつごろ作られたとかは分からないの?」

 空いているさくらの右隣に腰を下ろしながら真佳も言った。さくらとマクシミリアヌス、丁度二人に挟まれている形になる。正面のペトルスが、黒縁眼鏡のブリッジを薬指でもって押し上げた。

「恐らく、それを知る手段があれば僕が冤罪を被ることはなかっただろうと思いますよ……」
 マクシミリアヌスが頷いた。「左様、それほどの技術はまだ確定していない。一応これという基準はあるが、魔力の込め方や季節、つまり太陽光が強いか弱いか、長く恩恵に預かっていたかいないか、その他諸々で結果が違ってくることが大分前に発覚している。随分と広まっておるようだから、奴もごまかしの方法は心得ておると考えるのが自然だろう」
「うーん」

 時期が特定出来れば次に取るべき行動が分かりやすかったのだけど。実はこれからの行動を、真佳もちゃんとは決定付けてはいないのだ。冑頭の匿名人に話を聞いたはいいものの、次の手でどのマスに移動しておくべきか、それを決める指標には残念ながらならなかった。あるいは真佳の知り合いに……、…………。
 マクシミリアヌスが口を開いた。

「あの鎚、玄関先に置かれておったという話だったな?」
「恐らく。ルーナさんがあれに躓かれていますので多少位置に変動はあるかもですが、大体その辺に落ちていたと思われますよ」
 ほんの少し忌々しげに「扉を開けて入ってきたということか……」
「と言っても」ペトルスが眼鏡のツルを指で摘んで上げ下げした。「別にここは鍵がかかっているというわけではありませんから、もし誰かに見られたのだとしても何の言い訳も利きますよ」
「しかし挑発的であることに変わりはない。くそ忌々しい殺人鬼が……。人をおちょくるのにもほどがある!」

 マクシミリアヌスの口髭が怒りのためにぶるんと震えた。教会施設の外壁への落書き行為といい今回の不法侵入を兼ねた自己顕示といい、マクシミリアヌスもいい加減相当頭に来ているらしい。日差しに熱がこもってきた真っ昼間中ずっと外を走り回って結局収穫がゼロだったことや、焦燥感も多分にある。
 甲冑男の存在が一瞬脳裏を横切った。
 ……いやいや、駄目だ。内緒にするって約束してる。あれほどの恩に報いないわけには絶対いかない。
 細い吐息のほうが、今度はマクシミリアヌスの髭を長く揺らした。

「……ルーナはそれに足を取られたという話だったな」
「ええ」と頷いたのはペトルスだ。
「大事はなかったか」
「なかったですよ。随分休ませて、さっきようやっとベッドから出る権限を与えて来たところです。今頃はどこかの部屋の掃除に精を出してでもいるんじゃないかな」
「そうか」

 ほっとした声で小さく言った。微妙に沈んでいるような気がするのは、多分自分の不甲斐なさを身に沁みて感じているからだ。
 ……少し気になっていたことを思い出した。最初にここへ連れて来てもらったとき、マクシミリアヌスとルーナは実に軽快に言葉を交わし合っていたのだったか。

「……マクシミリアヌスとルーナさんって昔からの知り合いだったの?」
「ん? ああ……」

 少しおざなりにマクシミリアヌスが発話した。

「少しな。合同演習やら応援やらで、スッドマーレには年に数回の割合でよく来るのだ。泊まりは無論ここになるし、それでルーナと知り合った。働き者でさっぱりした物言いをするのでよく首都でも話題に上る子だよ。泊まる予定もないのにここまでわざわざ会いに来る輩もいると聞く」
「ははあ、モテモテなんだねぇ、ルーナさん」

 アーモンド型の黒目に理知的な眉、ワインみたいに赤い髪はひっつめられていて分かりにくいけど、猫毛っぽいところがある。あの服装では正確なところはよく分からないものの、余計な脂肪はついていないがガリガリというわけではないと思われた。四肢のほうはすらりと長くて俊敏そう。面倒見がよくて屈託ない物言いがきっと恋心か何かの琴線を引っ掻くのだろう……。
 ……ん? そういえば修道女って結婚出来るのかな?

「いや、しかしそんなことは今どうでもいい!」

 ドンと机を叩かれた。

「重要なのは二度と彼奴をこの宿舎に近づけてはならんということだ! 宿舎を特定されていることはあの落書きがあったときから、いや、サクラが“シルバー・ハンマー”に襲われたときから気付いて然るべきだった! 即刻捜査陣を突っつきここに警備をつけねばならぬ! 俺としたことが一生の不覚!!」

 ……という独り言を熱血的に語ってから、立ち上がり様に椅子を蹴倒し木製の床をドンギシ無駄に軋ませながら廊下へ続く片扉を蹴り破り、咆哮しながら宿舎の外まで一目散に向かって行ってしまった。と思っていたらすぐさま窓の外から雄叫びが聞こえるようになった。さっき感じた意外性とどっしり構えた巨木に寄り添うのに似た頼もしさは微塵もなかった。よもや幻覚であろうはずがなかろうが。

「……まあ、今回は素早い対応がとても助かるものではあるよね」

 うんと頷いて独りごつ。今日のご飯は何だろう。いつもはルーナが運んで来てくれるのだけど、さくららの目の前に飲み物が置かれていないのを見る限りそんな余裕は無いだろうか? ペトルスの話しぶりだとむしろ精力的に立ち働いているらしいけど、ここはやっぱり自分から取りに行ったほうがいいんだろうか。うーん、そこのところが本当に分からない。

「どこに行ってたの?」

 ――とさくらに聞かれた。
 ペトルスのほうにちらっとした視線を送る。窓の向こうにある宵闇に視軸を向けて、よくやるなあみたいな顔でマクシミリアヌスが向かった方向を何とはなしに見つめていた。

「……直接的に聞かれるとは思ってなかった」

 前方に目を据えたまま、なるべく唇を動かさない声を潜めた話し方で。

「マクシミリアヌスがあからさまな嘘を吐くからよ。アイツに話したのなら聞いてもいいかなと思い至った」
「……残念ながらマクシミリアヌスにはどこに行ったとは話してないよ」
「……本当に?」
「本当に」

 本当に意外そうにさくらがちょっとこっちを向いて、困惑したような解せなそうな顔をした。真佳だって本当にそう思っている。マクシミリアヌスが何で真佳の危険を承知でかばってくれたんだろうって。

「……聞いて知っていたから安心したのだと思ったわ」
「成る程、確かにそれだと嘘を吐いてくれそうな気がする」
「本当に何も言ってないのね?」
「言ってないよ。“シルバー・ハンマー”の事件を一人で追ってた、ってことはすぐバレたけど」

 さくらにため息を吐かれてから、……さくらに対して積極的に行動をバラしてしまったことに気がついた。……いやどうせバレてるからいーんだけど。別に。

「そういえばマナカさん」

 視軸の先を戻してきたペトルスに言われた。

「明日は予定がありますか? 出来れば僕や宿舎外の隊員以外に、心強い味方がほしいんですけど」
「あーーーしたはー……」

 用事が出来てしまったんですよ、とは勿論言えない。次に行くべきチェス盤のマス目を選ぶ指標を、この一連の流れの中で手に入れてしまったのですよ、とは。

「……いちおー、治安部隊のお手伝い……の、続き。……をね?」

 ひくつく頬を横っかわから冷ややかに見据えるさくらの視線を受け流しきるのに苦労した。

 TOP 

inserted by FC2 system