宿舎と教会スッドマーレ支部を挟んだ聖堂前でマクシミリアヌスと鉢合わせした。思わず上ずった声を発してしまったのでマクシミリアヌスがこっちを向いた。……当たり前のように片眉をちょいと跳ね上げる。

「外に行っておったのか? 何をしていた?」
「……えーーーと」

 何をしていたか、なんて言えるわけがない。相変わらずマリオ・ロッシと名乗る匿名人には強く口止めをされている。ここら一帯をうろついていたと言っても……許してもらえないだろうな。
 マクシミリアヌスがため息をついた。

「気持ちは分かるが、サクラを置いて外に出たいのならせめて俺に一言もらいたい。代わりの護衛を一人調達しよう」
「いや、えーっと」
「無論殺人鬼を追うなどもっての外だがな!」
「……あは」

 バレてたか。もうそろそろ考え方を察知される頃だとは思っていた。それでも夕方ギリギリとは言え、太陽が上っているうちに帰ってきたからかそう直接的には怒鳴られなかった。多分マクシミリアヌスのほうも、犯人探しに必死でこっちにばかり構ってられる余裕が無いのだと思う。成果が上げられなければさくらを差し出さなければならないのだから必死にもなる。
 家路をマクシミリアヌスの横に並んで辿りながら声をかけた。

「何か分かった?」
「“シルバー・ハンマー”についてか?……全く何もだ」

 忌々しげに、恐らく自分に対して唾棄するように。

「落書きの件の目撃情報も、くだんの“シルバー・ハンマー”の鎚を売っていた……“銀の人”だったか。の事情聴取も上手くいかん。奴に関しての目ぼしい情報は見当たらない。まるで霧にでも隠されてでもいるかのようだ……。ああ、そうだ、君は知らんだろうから言っておくが、この昼に“シルバー・ハンマー”が宿舎内に入ったらしい」
「え!?」

 な、何だそれは。まさかそこには入ってこれまいと、安全だろうからとさくらを残して甲冑の男に会いに行っていたというに……。“シルバー・ハンマー”の思考回路が分からなさすぎて頭のところがくらくらした。
 マクシミリアヌスもペトルスの連絡を受けて知ったらしい。宿舎の中に銀の鎚が落ちていて、さくらを連れて宿舎を出るのは危険だからと取りに来るよう頼まれたというわけだ。そのときマクシミリアヌスは教会敷地外で自ら聞き込みしていたが、もちろん快諾して一旦宿舎に戻って鎚を引き取ったと。

「分析の結果はすぐに出た。正真正銘、“シルバー・ハンマー”のものだったよ。俺はその結果を彼女らに伝えねばならん……」
「……まあ、さくらは多分それが本物であろうが偽物であろうがフツーにしてると思うよ」
「いや……しかし恐ろしいことに巻き込んでしまったのに変わりはない。やはり裁判など放っておいて早々に町を出ておくべきであったのだ……。あるいは今からでも遅くはないかもしれん」
「さくらが多分了承しないなあ……。あとこれに巻き込んだのはマクシミリアヌスではないし、私は前の世界でその何倍もの数、さくらを危険なことに巻き込んだという実績がある」
「……君は少し自重したほうがいいかもしれん」

 実に素直に呆れられた。まあ彼女も修羅場にはそれなりに慣れているということだ。でなければ“シルバー・ハンマー”と相対して生きて帰ってくるなんて奇跡は多分発生しなかった。

「そういえば」

 とマクシミリアヌスは口にする。

「君がそれほどに強い理由を、まだきちんと聞いていない」
「……知りたいとは思わなかったよ。聞かれなかったから」
「あまり関係ないと思っていた。結局は俺が護ることには変わりはあるまい」

 またさらっとそういうことを……。護られ慣れてないんだってば。護るという言葉自体言われ慣れてないんだってば。唇をもにょもにょさせてすぐそこにある地平線を横に薙ぐ。宿舎にはちらほらと灯りがつきだしていた。多分さくらは食堂にいるんだろう。そこの窓からも煌々とした灯りが漏れている。

「……ちょっと家が」

 前にマリピエロに聞かれたときには面倒だからとかわしたことを、初めて自分から口にした。

「狙われやすいところであって。何てゆうのかな、お偉いさんの弱みを一杯握ってる? 私自身が握ってるんじゃないよ。家の人がっていうかお祖母ちゃんがね。だから他人の情報を入手するためだとか自分の情報の証拠品を寄越せだとか、そういう目的で誘拐されやすい立場にあったわけ。お祖母ちゃんの息子であるお父さんがそうだったから、それで学んだんじゃないかなと思ってるんだけど。……いや、お祖母ちゃんのことだからそんなものも見越した上でお父さんも最初から、の可能性も……? まあとにかく、だから私は小さい頃からそれに対応出来るよう、ずうっと訓練を続けさせられていたわけでした」
「君たちの世界というのは、みなそうなのか?」
「いや? 私の家みたいのは特殊だから無視してくれていーよ」

 からっと笑った。この世界に来る直前、追っかけていたのもその類の人たちだっけ。狙われてるのが学校にいる時点で分かったからさくらを先に帰らせて、約束を……。
 そう、約束をしたんだった。“無茶でもそうしないと帰れない”から。だから必ず、二人でマンションで会おうって。
 ……真佳と同じ理由で、さくらもそうやって――無茶でもそうしないと捕まえられないからという理由でもって囮役を引き受けるという確率は……やっぱりとても高いんだよなあ。正反対のように見えて、そういうところはとても良く似ているんである。

「しかしそれで、君の性別と年齢でそれほどの強さを手に入れられるものなのか?」
「まあ訓練が常に死と隣合わせだったから……修羅場慣れしてるとゆうのも多分に……」
「何だ、君たちの世界の住人は基本の能力値がこちらより高いのだと期待したというに」
「そんなことはないですって。何のフィクション小説の影響?」
「『侵攻者』。他国からの攻撃を、神の助力によって召喚された異世界人数人が退けてくれるという筋の話だ。みな戦闘能力が総じて高いことになっている」

 自慢気に言われた。本当に影響されてたのか……。案外この世界ではその理由で納得してくれそうな気がする。今後説明が面倒になったらそれを使わせてもらうことにしよう。

「……何度も命を狙われてきたのであろうな」
「そうだね」
「しかしだからと言って、それで命を蔑ろにしていいことにはならん」
「……だろうね」
「今回、恐らく君の強さは何れ“シルバー・ハンマー”の邪魔になるだろう」
「うん」

 ……マクシミリアヌスがこっちを向いた、
 気配がした。真佳は正面を見据えたまま、一度も横を見なかった。食堂の灯りが変わらず平和に灯っている。

「死ぬなよ」

 短く言った。
 だからこちらも、笑いを含んで短く返してやった。

「何を唐突に」
「死にに行きそうな顔をしている」
「人聞きの悪い……」
「或いは、いつ死んでも構わないという顔をしている」
「……」

 ……何で言葉に詰まったのかが分からない。ただ思い出したのは、スッドマーレに来る直前、首都ペシェチエーロでベルンハルドゥスという男に殺されかけたことだった。相手の銃口を見返しながら、自分がどういうことをやろうと思ったか、というと……。
 ……自殺願望があるわけではない。
 はずだった。

「……そんな顔してる?」

 横を振り返ってそのまま尋ねた。我ながらよくあっけらかんとした声が出たものだと思う。でも暗い顔で言うことでもない気がしたから。マクシミリアヌスは少しだけ、片肩を竦めてとても軽やかな息を吐いた。別にはぐらかした気はなかったけれど、彼にはそういうふうに見えたのかもしれないと思った。

「まああまり危ないことはするなということだ。最早それが君だけの命ではないことを忘れるなよ。ほれ、聞いておっただろう。君が殺されれば、君の正体を隠し立てした俺が罰せられる」
「あ!? それ私が希望したから不問になるってゆー話で解決したんじゃなかったっけ!?」
「さあ、どうだかなあ! 死人に口なしとはよく言ったもので、俺が君に希望されてもないのに内証にしていましたと証言すれば事足りる話ではあるしなあ!」
「ずるっ! ずっるい! どっちが“いつ死んでも構わない顔”だ……!」

 星が散らばり始めた夜空のほうまで呵呵と豪快に抗議を笑い飛ばされた。これは何だ、牽制か? 真佳が容易に“シルバー・ハンマー”共々散っていかないようにとゆー……。
 言われなくても。
 ……死んでいく気はないよ、今はまだ。
 マクシミリアヌスと甲冑男、双方に向かって独りごつ。相手の力量も状況も分からない、揃っていない状態で簡単に死を覚悟できますかと……。
 もしも覚悟するとしたら――
 ……それは多分、きっともっと衝動的なものだ、と思う。
 ――まだ時々、ベルンハルドゥスのあの双眸を夢に見た。水晶球みたいな透き通った、綺麗な眼。自分の死をただひたすらに願って揺るぎないあの双眸。
 もしまたあの双眸に、今度は二人っきりのときに出会ったとき、自分が一体どうするのか、というと……。
 それは多分、神様任せのランダムだ。



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