「連続殺人事件でしょう」

 と言うと、結構あっさり肯定された。ライスコロッケを端から串刺しにして、皿に転げた塊をフォークでまた突き刺しながら左手の小指で眼鏡のブリッジを押し上げる。

「ご名答。まああなたならお分かりになると思っていましたよ」

 肩を竦めて言われたので何でと問うたら、「勘が鋭いんでしょう?」と返された。勘が鋭いとまで言い切った覚えは無いけれど、まあいいか。

「本当に連続殺人事件だったの?」
「と言うと?」

 ライスコロッケを口に含んで飲み下す。ペトルスの言うアランチーニというのはどうやらこちらの国の言葉でライスコロッケだったようで、かりかりした衣にほわっとほころぶ味付けされたご飯が包まれていた。ご飯の中にはミートソースにとろけたチーズ。それらがほかほかの状態で運ばれて来るのでちょっと冷ましながら食べないと火傷しそうなほどだった。
 フォークの先でライスコロッケの欠片をつっつきながら、真佳は小さく頷いた。

「模倣犯が出てるって前言ってたから。それとはまた違うのかなって」
「違いますよ――」

 意外にもあっさり断言されたので少し驚いた。
 人差し指で眼鏡のブリッジを押し上げるのをぱちぱちと瞬きしながら見つめやる。

「ここでは言えませんが、公表していない点があるんです。そこだけは模倣犯でも真似のしようがありませんからね。あれは間違いなく次の犠牲者ですよ……」

 ペトルスの声が剣呑になったので、思わず唾を飲み下した――ライスコロッケの欠片をフォークで刺す。ライスコロッケを口に含んだペトルスに、周囲のざわめきに紛れ込ませるようにひっそりと口を開いた。

「……何人目、なの?」

 密かに気になっていたことだった。新聞を読まないどころか、この国の文字が読めない真佳にそれを知る術は無い。ペトルスは最初連続殺人鬼とだけ言っていたし、マクシミリアヌスもこの手の話題は(多分真佳の好奇心を刺激しないために)敢えて避けていた節があったから、今の今まで知る由も無かった。

「ざっと十四人」
「じゅ……」一瞬驚きかけてから、「って、何日で?」

 ペトルスの視線がこっちを向いた。
 立てた腕の甲に顎を乗っけて、こちらを覗き見るように一言。

「七日です」
「七日!?」

 ということは、単純計算で一日に必ず二人は殺している計算になる。ジャック・ザ・リッパーだって一日に二人殺すのは、一度しか行っていなかったという話だぞ。

「……一日に必ず二人殺す取り決めみたいなものでもしているの……」
「いえ、殺す人数は日によってまちまちです。殺さない日もあれば、三人とか四人とか一気に殴殺していく日もある。どちらにせよ、この短期間であまりに被害者が出すぎて、治安部隊は今や上を下への大騒ぎになっているというわけです」
「はー……」

 背もたれに深く背中を預けて思わず感嘆の息を吐いた。そこまで行くと最早人間業とは思えない。第一級魔力保持者が関わっていても驚かない。
 すっかり冷めたライスコロッケの欠片をようやく口に放り込んで、よく噛み締めてから嚥下した。

「目撃証言も無いの?」
「ありません。不思議と。……この街は細道が多いとは言え、全く誰にも見られずに逃亡するなんて不可能事に思えるんですけどね……」
「三、四人一日で殺しておいて零だもんね」

 フォークに突き刺したライスコロッケをもう一度口へ。冷ましながら添え物の野菜チーズクレープに手をつけている間に、ペトルスの方はもうライスコロッケ一個にクレープ一つ平らげてしまっている。真佳より小柄なくせに流石は男の子と言うべきか……。一番最初に会ったときは互角程度だったのに。

「凶器は見つかってるの?」

 口の中のものを飲み下してクレープを切り分けながら、考えていたこととは違う前頭葉が閃いたことをそのまままるっと口にした。

「見つかってないですね。殴殺の痕跡があるだけです」
「見当は? ついてるんだよね?」

 一瞬ペトルスはとても不思議な顔をした。
 その後すぐに突き刺したライスコロッケを口中に運び咀嚼したが、ペトルスのその行動は自分の顔色を誤魔化すためのものに思えて仕方なかった。
 ピンとくるものがある。
 さっき言明を避けた、“公表していないこと”に関係があるんだ。

「おおよその見当は。でも駄目です、平べったいところで殴られたとしか。それに、毎回微妙に大きさが違うため別の凶器ではと言われているほどです」
「大きさが違う……」

 って、それは確かに特定は難しそうだな。平べったいところのある鈍器――ここでは仮に鈍器にしておくが――なんていっぱいあるし、それだけでも大変なのに毎度変えられているとなると。

「場所に共通点とか」
「全くないです。皆横道で殺されてはいるものの、ご存知の通りこの街に横道はたっぷり存在しますからね。犯人が残したものも特になし」
「う……八方塞がりか……」

 思わず嫌な声を出した。しばらくうんうん唸りながらフォークでコロッケを突っつき回して考えてはみたけれど、現場を見たことも詳しい事情も知らない真佳に何らかの閃きが舞い降りてくるわけもなく。結局ライスコロッケを切り分けて、口の中で咀嚼するという単純作業に戻ってみる。

「まあそんな理由から」

 とペトルスが口にした。

「カッラ中佐がこの件の助っ人に駆り出される運びとなったわけです」
「んぐ!?」

 危うく口に入れたものをそのまま吹き出しそうになった。慌てて口元を押さえながらろくに噛みもせずそのままごくんと飲み込んで(げほっと一度咳をして)、

「何て?」
「……知らなかったんですか?」
「知らなかったってゆーか、だって、初耳……」
「だって今朝、」

 ……ペトルスが「あー……」とでも言い出しそうな顔をした。

 ふうと一つ息を吐いて、「朝起きて来ないからですよ」
「だってっ」

 と言ったもののそれに関しては正論なので次の言葉は出てこない。毎回毎回早く起きようと思うのだが、毎回毎回二度寝の誘惑に勝てなくて結果朝ごはんの時間を大幅に過ぎてしまうのだ。この世界に来てまともに朝食を食べた記憶は数回程度しかない。
 いや、でもそれはそれとして、マクシミリアヌスが助っ人に駆り出されたってどういうこと? ペシェチエーロとスッドマーレじゃ管轄がそもそも違うし、それにマクシミリアヌスは一応真佳とさくらの護衛という任務が別に定められているはずだ。その状態でマクシミリアヌスが別の仕事も受け入れるとは思えないのだけど……。

「正義感に付け込まれたみたいです」

 真佳の疑問はあっさりペトルスによって解決した。

「……正義感に……付け込まれた……」
「さっき会ったでしょう? チンクウェッティ大佐。彼が上手く丸め込んだらしいですよ。折角あなた方がこの街にいるのだから、何の懸念も無く街を歩いてもらいたいですしとか何とか」
「えー……それで釣られたの?」
「それだけじゃありません。あなた方の護衛の件ですが、そちらは捜査中別の教会の人間が護衛についていれば問題ないという旨を首都のお偉方に事前に承認してもらっていたらしいんです。こういったお膳立ての上であなた方のことを持ちだされたのが決定打になったんでしょう」
「でも、管轄の件は?」

 ひょいとそこでペトルスが肩を竦めた。知らなかったんですかとでも言いたそうな顔と口ぶりで、座ったままハーフパンツのポケットに無造作に両手を突っ込んで。

「首都の管轄は一応、この国全部ですよ。規定上はね」
「えっ。ってことは、」
「無論、この件にも首都の中佐というだけで口出し出来るというわけです。それでなくても今回はこちら側からの要請ですから、問題は無いはずですけどね」

 と言って、ペトルスは最後のライスコロッケをぺろりと平らげてしまった。真佳としてはマクシミリアヌスの件に驚いて食事をするどころの話ではない。
 わああ……、と無駄に息を吐いて、ちくちくしだした米噛みを押さえつつ、

「……じゃあ、もうしばらくあそこで待っていたらマクシミリアヌスと顔を合わせてしまっていたということかね?」
「会いたくないんですか?」
「会いたくないとゆーか……多分、またこういったことに首を突っ込んでおるのか! とか怒られるから」

 ペトルスがちょっと笑った。「然り」と小さく、笑いながら呟いた気がする。

「心配しないでも、さっきは会いませんでしたよ。勿論、あなたの言う通りしばらく待っていたらば中佐殿と鉢合わせしていたでしょうけど」

 息を吐いた。会わなくて良かった。

「ところでマナカさん」

 唐突に話を振られて思わず目を瞬かせた。「はい」両の拳を膝のところに置いて、改まって座ってみる。

「あと四十五分したら訪問診療を再開したいんですが、いけますか?」

 ……フォークを握り直して残りの食事と向き直った。



ライスコロッケに鎖した秘密

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