「謝肉祭。つまりは、神が食べ物を遣わせてくれたことを感謝する祭りだな。この一週間、冬の季節を無事に過ごし抜いたことに礼を言い、祀る」

 串に刺した焼き鳥を豪快に噛んで含んで、くちゃくちゃやりながらマクシミリアヌスが教えてくれた。ダヌヴ鳥とかいう鳥を焼いたものだそうだ。甘辛いタレがたっぷり絡み付いていて、食材となった動物は知らないけれど中々美味しい。
 以前謝肉祭のお祭りについてルッソに尋ねてみたとき、元いた世界の謝肉祭と同じようなものなのだろうと漠然と思っていたが、成り立ちを聞いてみるとどうやら名前が同じだけで意味は全く違うらしい。元いた世界でのカーニバルは肉を謝絶するという意味だ。

「故に冬の終わり、春の始まりと共に開かれる。近隣の町々からも人が集まってきて、それはもう正にお祭り騒ぎだ! 交通の便がよければもっと多くの場所から人が集まってくるだろうよ!」

 焼き鳥の串を振り回しながら誇らしげに。進行方向からやって来た通行人に迷惑そうな顔をされているが、例によってマクシミリアヌスが気付いた様子は皆無である。
 焼き鳥の最後の一欠を口の中に放り込んで、この串はどうすればいいんだろうと少しだけ考えた結果左手で持っておくことにした。後でゴミ箱を見つけて放り込んでおこう。串とか紙くずとか誰かが落としたらしいポテトフライだとかが当たり前のように路上に放置されているが、何だか悪い気がするのでポイ捨てしようという気は起きなかった。子どもの頃両親や祖母にされた教育はそう簡単にぬぐい去れるものではない。

「まあそんなわけで、いざこざや犯罪なんかもしばしば起こってな。治安部隊員は分隊を構成してそこここに散っている」
「だからマクシミリアヌスも軍服?」
「俺か? いやいや、俺は違う。分隊は下士官と兵で成り立つものだ。こういったでかい行事の場合時々准士官が出てくることもあるが、佐官までは召集されんよ」
「えーっと」

 隊の構成や治安部隊員の階級区分について詳しく知っているわけでは無いのでちょっとだけ戸惑ってしまってから、

「……つまり、位の低い人の仕事ってこと?」
「そういうことだ」

 気軽に頷きながら串から焼き鳥を剥ぎ取って、ゴミを道上に弾き捨てた。またゴミが一つ増えたわけだが……うん、まあいいか。タレのついた指先を舐め取り歩くマクシミリアヌスを見上げて思考を即座に打ち切った。

「ふーん。じゃあどうして今マクシミリアヌスは軍服なのだい」
「着替える時間も惜しかったからだ! いやあ、祭りはいいなあ、なあ、マナカ!」

 子どもか。
 と思ったけど言わないでおいた。待ち時間が減るのならそれはそれで、別に悪いことではない。
 首都、ペシェチエーロは、楕円形の高い壁にぐるりをすっかり囲まれて存在している。出入り口は南の正門と北東の東門、北西の西門の計三つ。六メートルあまりある巨大な門からそれぞれ、各一本の大通りが中央の教会前広場に向かって延びていた。真佳がこの世界に落とされた最初の場所である。中央広場の周りにはそれより小さめの広場が五つ点在しており、祭りのための屋台は主にそこに構えられているらしかった。一つの広場から大通りを通って別の広場へ行くとなると少し遠回りになるため、大通りから枝葉のように生えた比較的狭い道路も人は行く。枝葉となった道路の片側に出店が出るのもまた必然。
 大通りの上空、とても高いところに色鮮やかな国旗と思われるものが下がっているのが目に見えた。煙突から大きめのモールのようなものが下がっていたり紙吹雪がそこここに散らばっていたり大勢の人が大通りを行き交っていたりとお祭りモードはあるものの、この通りに出店が出ている気配はまるでない。パレードがあるとのことだったから、多分ここを通るんだろう。今はその代わりに、

 プァー!

「うおっ」

 ひび割れた音のするラッパや小太鼓、縦笛なんかを演奏して回る音楽隊が闊歩している。今耳元で鳴らされた。びびった。

「ははははは! 今年の音楽隊もいい感じに羽目を外しておるわい! 実に結構!」
「私は鼓膜が破れたかと思った」

 半眼で見上げて抗議するとまた笑われた。笑いながらばすばすと叩きつけるような形で頭を撫でられた。頭上でする篭った音を聞きながらしばらくそうされている間に、
 ……ま、いっか。
 そういう気分になっている。プァー! 教会に向かう方向から力いっぱいのひび割れたラッパの音がまた聞こえた。

「どこかの広場では大道芸人が来ているだろう。そちらも見に行くか」
「え!」大道芸人! 心の中で絶叫して間髪入れずに「見る見る、見たい!」

 元気一杯に頷いて賛同した。漫画なんかでそういう職業があることは聞いたことがあるけれど、これもまた魔法――じゃない、魔術――と同じく実際には見たことの無いものだ。一体どんなショーを見せてくれるのかと思うとわくわくする。

「お!」

 と、いきなりマクシミリアヌスが喜色の声をあげたので思わず彼と一緒に立ち止まった。
 大通りから伸びる小枝のような細い路地だ。マクシミリアヌスのつぶらな瞳は真っ直ぐそちらに向かっている。更に視線を辿っていくと、片側に並ぶ出店の一つに行き当たった――ぷん、と甘い匂いがする。

「マナカ、大道芸人の前にデザートだ! “銀河を散らした虹色ジェラート”が売っとるぞ!」
「銀河、だと……!? 何それ食べる! 食べたい!」

 銀河を散らした虹色ジェラート――赤から紫まで取り揃えられた七色のジェラートに、直径五ミリほどのきらきらした石が落とされている。ブリリアンカットされた金剛石に似ている気がする。それよりも黒味がかっていて、漆黒を背景に輝く様は正しく銀河だ。コーンの上に乗っかったそいつをマクシミリアヌスから手渡されて、「をを……っ」真佳は思わず感嘆の悲鳴をあげた。愛想の良い店の主人が、真佳より少し離れた定位置で悪戯っぽい顔をした。

「銀河は、銀河は食べられますか」
「無論だ。甘いぞ。食ってみたまえ」

 人の目もあるので若干低声を取り繕いながら問うと、返ってきたのはとても興味深い回答。真佳と同じ分のジェラートを彼も持っているはずだが、マクシミリアヌスの大きな手に摘ままれると何だか他より小さく見える。
 意を決して、
 ばくり。
“銀河を散らした虹色ジェラート”に噛み付いた。
 きんと冷えたジェラートを舌の上で転がして、しかつめらしい顔をする。……不思議な味がした。グレープフルーツみたいに酸っぱくて、サイダーみたいに苦くて、でもフォンダンショコラみたいに甘ったるい。“甘味”をベースにした上に種々様々な味が乗っかって、どうやらこの不思議な味を形作っているらしい。色んな味があるのにベースのおかげでその全てが調和している。美味しい。脳みそのどこか――シナプス辺りがぱちぱちと弾ける感覚。
“銀河”が舌の上に踊りでた。奥歯を使って噛み砕く。ふわんと漂う芳香に、――チョコレート。ベルギーで生まれた濃厚なチョコレートを想起した。一度に全部の味を吸い尽くすには、明らかに舌のキャパシティを超えたあのチョコレートだ。真佳も一度食べただけではあるけれど、その味はしっかりと脳みそに刻みつけてある。
 甘くて、でもそれだけじゃない。摩訶不思議としか言えない味をした、冷たいジェラート――
 唇に付着したジェラートを舐めて、自然締まりの無い笑顔を浮かべていた。どうして甘味と言うのはこれほどまでに人を幸福な気持ちにさせるんだろう!

「お気に召してくれたようだな。ははは、美味いだろう!」
「うん、うまい! めっちゃうまい! これお祭りの日限定?」
「基本的にはそうだ。大きな街の大きな祭りでしか俺は目にしたことがない。だから、ほれ、ここのジェラートは人気なのだ」

 マクシミリアヌスに指された方を振り向いた。出店から出発してぐるりと大通りの線に沿い、そのままずうっと向こうの方へと長蛇の行列が伸びて伸びて伸びて――

「――って、待った。だというのにどうしてマクシミリアヌスはこんなに早くジェラートを」
「はっはっは! まあまあまあまあ。頭の使い所といったところか」

 襟元にある、教会関係者を表すアクセサリを誇らしげに指先でいじくりながらしゃあしゃあと。……「しょっけんらんよー……」呆れ半分で呟いた。呟いたが今の真佳には何も言えまい。こうしてマクシミリアヌスの、いや教会の威光によって、通常の何十倍ものペースで美味なる虹色ジェラートに舌鼓を打てているのだから。

「何はともあれ、気に入ってくれたようで良かった。君はどうやらすぐと元の世界に戻りたがっていたようだったから、この世界へ来たくなかったのではないかと心配になっていたところだ」
「……えーっと来たくなかった、ってゆーか」

 そもそもこの世界に来たいと思ったことも無かったんですけどね……。
 頬を引きつらせて曖昧に口ごもる。
 どうやらマクシミリアヌスの色眼鏡を通して見た真佳は、異世界にやって来たことを欣快として今までこの世界に挑んでいたらしい。なるほど、どっきり仕掛けてみたり“ここは異世界です”と告げるタイミングを画策してみたり、パフォーマンスがすぎると思った。全てはゲームのイベント、異世界旅行を最大限に楽しんでもらうための、マクシミリアヌスなりの心遣いだったというわけか……。そもそもの前提条件が間違っていたので、盛大に滑っていたけれど。
 でもそれはいいんだ。実際真佳だって何年か前に同じ立場に立っていたら、きっと何も考えず楽しんだはずだから。でも今は

「丁度色々やばいときに私だけこっちに来ちゃったから。あっちに残してきちゃった友達と、」――マンションで「また会うって約束を果たせなくて――多分、凄く心配してる」

 綺麗な子だった。
 外見もそうだけれど、それ以前に魂自体が。
 人より幾らか心配性で、同い年なのに面倒見が良くて無茶をする度に怒られて。真佳の赤い目を見ても異常な家庭環境を見てもただ当たり前のように受け止めて、接し笑って手を差し伸べてくれたあの子に一体どれだけ救われたことか。

「だから、帰らなければならないとは今もずっと思ってるよ」

 あの子のために。
 心配をかけるわけにはいかない。約束を果たせないでいることを別の意味に取って突っ走られてしまうとちょっと困る。そしたらあいつの命が危なくなる。
 だから、帰らなければいけない。
 頭をぽんと撫でられた。
 頭のてっぺんを全部覆い隠してしまいそうなくらい、大きな手。

「相分った。そういう理由であるなら帰りたく思うのも仕方あるまい――うむ、少し寂しいが、俺も君に協力しよう。君を一刻も早く元の世界に帰すために」

 太い眉の下、力強い光を放つ両眼で見据えられたことに――、息が詰まった。荒削りの岩肌、太陽光に照らして初めて見ることが出来る、それはそれは綺麗な宝石――。
 原石。
 まるでマクシミリアヌスの心をそのまま鏡に写し込んだみたいな、それは実に正直な眼差しだった。嘘偽りを探すことすら馬鹿らしい。

「……――ありがとう。頼りにしている」

 マクシミリアヌスが差し出した右手を取ることに迷いは無かった。同盟成立。子どもみたいに歯を剥きだして笑う大男に笑い返して、

ladro(ラードゥロ)!!」

 出し抜けに横っ面をひっぱたき通り過ぎていった誰かの叫声に思わず顔を振り向けた。



銀河を散らした虹色ジェラート

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