「ねぇねぇ、お祭りって何?」

 二人の背中を視界にいれながら尋ねてみる。真佳より一歩先を歩いていた二人が振り返って、一瞬虚を突かれたような顔をした。窓から差し込む陽光は随分と西に傾いているようだった。
 ついさっき玄関ホールで出会ったマリピエロ准尉が「明日から祭り」と言っていたのを、真佳は聞き逃さなかったのだ。なんてったって異世界のお祭りである。どうしたって興味が沸く。
 ああ、と、ルッソが合点がいったような顔をした。

「謝肉祭ですね」
「ほう、しゃにくさい」

 拙い口調で繰り返すとルッソがこちらを覗き込みながら「ええ、謝肉祭です」と弾んだ口調でまた言った。くりくりした灰色の双眸が、天井から下がるシャンデリアの明かりのせいだけでなく燦然と煌めいているのがすぐと分かった。ルッソが楽しみで仕方ないんだってことはとりあえず分かった。
 謝肉祭――聞き覚えのある名前だ。確か、元の世界でも同じ名前の祭りがどこかの国であったような気がする。ただし真佳が参加したことのないお祭りで、だからあちらの世界で謝肉祭というのがどういうものなのかということを真佳は知らない。あまり関係無いことかもしれないけれど――世界が違うのだから、祭りの内容も多分違っているはずだ。
 ちょっとだけ考えて、もう一度口を開いた。

「ほーん、どういうお祭り?」
「ひたすら飲んで食べてはしゃぎます。パレードをしたり露店が出たり、仮装したり! それが一週間続きます。玄関ホールが賑わっていたのも謝肉祭故ですね。普段はあんなに並んでいたりはしないんですが」

 ふうん……。成る程、どうやら大規模なお祭りらしい。真佳が参加したことのある祭りと言ったら近所にある然程大きくもない神社でやる夏祭りや秋祭りくらいで、パレードなんて洒落たものは生まれてこの方お目にかかったことが無い。
 ルッソとコンティの肩越しに、T字路に似た曲がり角が見えてきたことを真佳は発見した。真っ直ぐに伸びた廊下の途中に洞穴のような曲がり角がぽっかり口を開けて冒険者の侵入を待ちわびている。ルッソとコンティが「こちらへ」一声かけながら洞穴に入って行ったので、必然的に真佳も冒険者の一人に決定した。
 角を曲がった先には階段があった。
 廊下と同じ赤い絨毯が敷き詰められた段差と、それに付き従うように木の年輪が綺麗に残った上品な手すりがすっと上方へ上っている。廊下の天井が高いのに比例してこちらの天井も随分高く、十数段上った先の踊り場には小振りのシャンデリアが下がっていた。踊り場の中央の壁には背の高く細い窓が外ののどかな夕暮れの風景を透かしている。

「謝肉祭、行かれますか? もし宜しければご案内しますが」

 階段を上りながら、コンティがぽつりと零したそれが真佳の頭上に降ってきた。階段のせいで更に長身になったコンティの背中をうんと首を伸ばして見上げて、

「んー、いつかは是非とも行ってみたいけど、暫くはいいや」
「そうですか」

 あっさり身を引かれたことが意外だった。反射的に理由を聞かれると思っていたのに。聞かれたいわけでも聞かれたくないわけでも無かったので、別にいいんだけれど。
 踊り場を越して二階の地面に差し掛かったが、二人がそこで立ち止まる気配が無かったのでそのまま次の階段へと足をかけた。教会本部と称されるこの建物は、外から見上げた際の記憶が正しければ四階建て。真佳が案内される場所は三階か四階か、そのどちらかで間違いは無かろう。それくらいの高さならまあ階段でも問題は無いだろうけど……。少し考えてから、真佳より先に行く二人の背中に謝肉祭とは別の問いかけを投げつけた。

「ルッソ、コンティ。ねぇお二人さん。ここにエレベーターは無いの?」
「エレベーター……ですか?」
「そー、エレベーター」

 ルッソの反芻に気軽に頷いて、
 あっ、と思う。
 そういえば、彼らがエレベーターを知らないという可能性もあるのだった。当たり前に口に出してしまったけれど、生活水準がこっちの世界とあっちの世界とでは違うのだから、あるのが当たり前みたいな考え方は捨てないと。五百年前に異世界から来た人が話さなかったにしろ知らなかったにしろこの世界に真佳の知る道具がすべてあるとは――
 ……っていうか、
 あれ?
 可笑しなことに気がついた。
 マクシミリアヌス中佐が真佳に語って聞かせた異世界の日用品は、真佳の予測では電話とテレビと録音機。この三つの製品は、果たして真佳が知る五百年前には既に出来上がっているものだったっけ? 勉強熱心ではなかった真佳には、それらの正確な製造年月が分からない。けれどもしも発明されていなかったとしたら。
 ……異世界から来たという男は、一体どこからその情報を仕入れたのだろう?
 惰性で足を動かしながら思考に耽る真佳の耳に「あー」ルッソの明るい声が飛び込んできた。

「エレベーター、縦に移動するあの便利な箱のことですね?」
「あ、うん。知ってたんだ」
「はい、それも文献に書いてありましたから。でも僕たちの技術ではまだ作り上げることが出来ていないんです」
「……存在しないってこと?」
「そうなりますね」

 ……無い、のか。
 ルッソの首肯に思わず微妙な顔をする。作り方とアイディアが揃っていて、且つ五百年の時が経っているにも関わらずまだ発明されていない……というのは、一体どういうことなんだろう?
 その疑問にはコンティ少尉が答えてくれた。

「エレベーターの他にも、あちらにあってこちらに無いものは多いですよ。容易に造ることが出来ないと言いましょうか。専門家によりますと、どうやらこちら側の使うエネルギーとあちら側の使うエネルギーとが根本的に違っている、というのが原因のようです」
「……えねるぎー、が、ちがう……?」

 予想外の返答に思わず拙い口調が飛び出て来た。エネルギーが根本的に違うって……どういうこと?

「例えば……ああ、ちょうどいいところに」

 二階の三階の半ばに作られた踊り場だ――コンティの視線は真っ直ぐその隅に固定されている。相変わらず真っ赤な絨毯が敷かれた床の上、背の高い洒落た西洋テーブルの上にぽてっとしたピンクの電話機があった――ダイヤル式で、受話器が上に乗っかっているあの。昭和辺りを舞台にした映画で真佳も見たことがあったが実物を目にしたのは初めてだ。携帯電話なんて無かった頃、外で電話をかけたいときは電話ボックスか、若しくは飲食店なんかに常備されているこのピンク電話を使う。
 西洋人のうろつく西洋風の建物、西洋のテーブル――ピンク電話が明らかに浮いている。
 コンティが自身の爪先をそのピンク電話に向けるのを見て、真佳とルッソも互いに顔を見合わせてからそれに倣った。
 コンティが一歩脇へ寄ったことで、結果的に電話機の正面を勝ち得たのは真佳になった。間近で見てもやっぱりピンク電話はピンク電話だ。

「これが何かご存知ですか?」
「何って、電話」
「そうです、電話です。けれど恐らく、貴方はそれを扱うことがまだ出来ません」
「……何で?」
「使われているエネルギーが違うからです」

 先ほどの話に戻ってきた。
 まだいまいち状況が理解出来ずに、少し眉を顰めながら平和的に丸みを帯びたそいつに視線を落とす。一度コンティの方を横目で一瞥して、
 電話機の上、逆向きの凹の字に乗っかった受話器に手を伸ばした。持ち上げ、

「……」

 ……何の抵抗もなく持ち上がった。思っていたよりも――いや、思っていた以上にずっと軽く、力の加減を間違えたことに一瞬少し驚いた。電話機と受話器とを繋ぐくるくるしたコードがびろんと伸びる。踊り場にずっと放置されていたからだろう、手のひらにじんわりと冷たい感触。
 少し躊躇って、
 受話器をゆっくりと耳に当ててみる。
 …………。無言。
 …………。無言。
 …………。ひたすら無言。
 ……何の音もしなかった。
 一度受話器を耳から離して、送話口と受話口が逆になっていないか確かめる。大丈夫。ノープロブレム。もう一度耳に押し当てる。文句のつけようもないくらいの全くの無音。普通受話器を取ると「プー」という発信音が鳴るはずなのに。受話器を当てたまま電話機のダイヤルを回したりしても駄目だった。変化無し。いや、電話機を触っているというよりも……何だろう、この違和感は。まるで――玩具の電話をいじくりまわしてでもいるかのような。
 コンティの方を振り仰ぐと、彼は骨ばった顔に表情一つ乗せずに小さく頷いた。

「そう。異世界から来た方にとって、その反応は正しいです、アキカゼさん」

 細い緑目で電話機を見つめる彼につられるように、真佳もピンク電話に視線を戻した――手に持った受話器からは相変わらず何の音も漏れては来ない。

「元の世界で貴方がやっていたふうなやり方では、この世界の機械を動かすことは出来ません」
「じゃあどうすれば」
「それは――」
「コンティ少尉」

 コンティの言葉は、
 ルッソの制止に阻まれた――まさかここでルッソに邪魔をされるとは。意外に思ってルッソの方を仰ぎ見ると、彼はふくよかな頬を真剣な感じで引き締めて、ふるふると首を、横に降った。“ノー”のサイン。

「――そうでしたね」

 コンティが長息と共に頷いて、それで今まで張り詰めていた話してくれる雰囲気はものの見事に霧散した。機械を動かす方法は分からず仕舞い――真佳としては話しの流れについていけないので口を挟むことも出来やしない。肩を竦めた。
 話せない。か。まー私異世界人だしね。しゃーないしゃーない。何でもかんでも話してもらえるとは流石に真佳は思っていない。
「行きましょう」コンティがこちらに背を向けて階段へと歩き出したのを見守って、カチャン。受話器を元に戻しておいた。これは元いた世界のそれと同じ音。多分基本構造は同じなんじゃなかろうか。
 既に階段に足をかけているコンティの後を足早に追う。

「すみません」

 とルッソが言った。真佳がコンティの後を追ったように真佳の後を追ってきて、横に並んで申し訳なさそうな顔で言う――先ほどより少し歩調を落とした足音が絨毯に吸収されていく。

「意地悪しているわけではないんですけど、その……カッラ中佐に口止めされていて……」
「や、そんな申し訳ない顔しないでも。別にいーよー、話せないことならそれで」
「……ありがとうございます」

 心底安堵したようにくしゃっと笑うルッソの笑顔に、反射的に愛想笑いが漏れ出した。発した言葉に嘘は無い。話せないことならそれでいい。無理に踏み込むのは性に合わない。
 階段を上り切った先でコンティがじっと佇立しているのに気がついた。まだ横に上りの階段はあるのだが、彼がそこに踏み出す素振りは無い。三階の廊下……だった。建物の構造は一階や二階と変わらない。階段の正面には窓が並ぶ壁があり、そこから随分日が傾いた夜の町が広がっている。天井から下がるシャンデリアの明かりが外とのコントラストで強く見える。
 階段を上り切ると同時にコンティの眼前に場所を取った。

「アキカゼさんのお部屋は教会行政棟の三階にあります。階段はここ、丁度教会行政棟の中央にしかありません。階段から向かって右側、五つ目の扉がアキカゼさんのお部屋となります」

 言いながらコンティが爪先を向けたのは階段から右側の通路の方だった。どうやら五つ目の扉まで真佳を送ってくれるつもりらしい。ありがたいことだ。……しかしまあ。内心で感嘆と呆れとが入り混じった息を漏らす。
 この階は、教会行政棟や治安部隊棟の一階とは違って扉と扉の間隔が随分と広い。一つ目の扉を通り過ぎて二つ目の扉にたどり着くまでもう何十回足を交差させたか知れない。しかも確かなことには、この交差回数はそれぞれの部屋の広さに比例しているのだ。一体どんなに広い部屋が横に並んでいるんだか……。
 他の階とは違う部分は他にもあった。
 廊下の片側に規則的に並ぶ窓を見る。上品なクリーム色のカーテンがかかっていた。勿論これも一階には無かったものだ。更に天井から下がるシャンデリア。これも今まで見ていたものとは洗練さが違って見える。
 これまで異世界人として受けていた歓迎を鑑みるにある程度は予想していたことではあるけれど、それにしても――小娘一人にこうまでしてくれなくとも。貧乏性の私は気後れしてしまうではないですか。

「アキカゼさん。さ、こちらになります」

 コンティが目の前で立ち止まる。真佳も慌てて足を止めて、コンティの手のひらが示した扉を見た(ぼうっと歩いていたからか危うくコンティの背中に顔面をぶつけそうになったが、一先ず事なきを得てほっとした)。白い壁にナチュラルに沈む木の色を残した片扉――。丁度真佳の手が伸ばしやすい位置に、楕円の形をした真鍮製のドアノブがついている。

「ここで暫しお休みになっていてください。晩御飯の用意が整いましたらすぐに食卓にご案内――」
「あ、その前に、異世界人について調べさせてもらってもいいだろーか。」
「……構いませんが、食事はどうなさるんです?」
「見ながら食べられたらとても嬉しい」

 真顔で言い切って、……微妙な空気が周囲に停滞しているのにすぐ気付いた。どこか困ったような無言の間。真佳の視線の先でルッソとコンティが互いに戸惑ったような視線を交わし合って――……二秒。
 二人が真佳の方へ視軸を戻したのは、きっかり二秒後のことだった。背の高い男二人がほとんど同時にほとんど同じ呆れたような表情で。……流石にたじろいだ。いや、確かに行儀の良い行いとは言えないですけども。

「……貴方がそれを望むのなら、勿論構いませんが……そう焦らずとも文献は逃げやしませんよ」
「んやー、逃げる逃げないの問題じゃなくて、私が早く見たいだけ。ごめんね」

 肩を竦めて笑ってやった。ただし説得される気も無かったので極力頑とした色も混ぜてみた。
 こちらを見下ろすコンティの目と視線の先がかち合った。綺麗な緑色をしていた。マクシミリアヌスのそれよりは幾分か緑の濃い、青々と茂る深緑のような目。
 ルッソの戸惑いした目がコンティを見上げるのが視界の端にちらと映る。ちょっと意外なことにコンティがそれに応える様子は無く、ただ彼はじっとこちらの赤目を見返して、
 やがて降参したように視線を逸らした。吐息の音。

「頑強なお方だ」

 とコンティは言った。
 その次に何らかの聞き慣れない言霊を放ったような気がしたが、真佳には聞き取ることができなかった。この国の言葉だろうか……?
 不思議な顔をしていると、

「いいえ、すみません、何でもありません――承知しました。こちらから、そうするように申し伝えておきましょう」

 太息と共にコンティが扉を押し開けたので、真佳も軽く肩を竦めてからひょいとそこを覗きこむことに専念することにした。どんな部屋があるのかとちょっと期待して、――視界の先にある真っ暗な部屋に一瞬虚を突かれた。そういえばもう日が沈んでしまった頃だったか――廊下側からの明かりが漏れて、部屋側に長方形の光が落ちる。部屋の電気はついていなかった。
 真佳の隣でコンティが壁の一部をいじくっているので、多分電気をつけようとしてくれているのだろう。別にそれくらい自分で、――当たり前のように思いかけて「あー」そういうわけにはいかないのか。渋い顔をして真佳は唇をとがらせる。
 さっきの電話機。あの話本当なら、この部屋の電気だって真佳一人で操作することは出来ないはずだ。故に電気をつけたり消したりするときには、今のように誰かの助力が必要になる。なんて不便な。……でも仕方がない。それがこの世界の掟であるのなら、従うより他真佳に道は無い。
 パチッ、
 という小気味良い音がした。電気のスイッチが入れられる音。一拍の空白の後、さっきのものより小さなパチ、という音を立てて室内が人工灯で満たされた。戸口の長方形に区切られた部屋の様子が、真佳の眼前に現れる。がらんとした部屋だった。この扉の間隔だ、家具類は全て今は見えない壁の向こうに隠れているのだろう――がらんとした、呆れるくらいだだっ広い部屋。中からは何の物音もしなかった。よその家というよりは、ホテルの一室みたいなにおいがする。
 どうぞ、と。
 コンティが手のひらで示して室内への道を開けてくれた。骨ばった手のひらが真っ直ぐ部屋の中へ向けられる。――一人で使うにはあまりにも広すぎる、部屋の中。

「――」

 ルッソとコンティに、少しだけ……視軸を向けた。
 半日。そう、この世界に落とされてからほぼ半日の間、
 ……ずっと一緒にいてくれた。……から――、――。
 ――息を吐き、唇を湿らせた。

「うん、ありがとう」

 それだけを口にしてふにゃっと笑う。一瞬心に湧きでた感情の水泡は微塵も外には出さなかった。衣食住提供してもらっている時点で相当助かっているのに、これ以上我が儘を言うわけにはいかない。言うつもりだってない。彼らは仕事中なのだから。心細いだなんて、
 ……そんな子どもじゃあるまいし。
 室内に足を踏み入れる。廊下に敷かれているものとは違う種類の絨毯が床の上に敷かれていて、それがちょっと新鮮だった。落ち着いたベージュ色をしたひどく毛の長い絨毯――真佳の運動靴にゆるゆるとまとわり付いてくるそれを見て、土足で入って良かったのだろうかとちょっとはらはらした。
 扉の外から見たとき想像した通り、本当に広い部屋だった。七人くらいはここで普通に生活っぽいものが出来そうだ。こいつをタダで使っていいというのはやっぱり少し悪い気がする。と言っても、現在無一文である真佳がお金を払うことなんて出来ないのだけれど……。
 せめてもっと狭い部屋でも良かったのに。清潔で高級そうな家具の数々は部屋に整然と並べられてはいるが、部屋の広さとあまりの清潔さによって生活感というものは感じられない。大きさはともかくとして、まるで人形の部屋みたいだ。綺麗だけれどよそよそしい。
 そうやってひと通り部屋を見渡してみてから、最後に体ごと戸口の方を振り向いた。跳ねるように足爪の先を変えたので起き上がった長毛が再び靴裏に踏み潰される。不満そうな色合いが絨毯の方から伝わってきた。
 さっきとは逆、戸口の形に切り抜かれた廊下の向こうに、ルッソとコンティの姿が見える。ルッソのぽっちゃりした体は微妙に戸口から見切れていた。ルッソとコンティが丁寧に真佳に向かって腰を折った。「失礼します」暫しの別れを彼らの唇が口にする。
 笑って、
 頷いた。
 ガコン、という音を立て、目の前で扉が閉められる。
 …………。無音。
 それまで感じていた若干の緊張と和らいだ空気が、この時余すところなく掻き消えた――何の音もしない。廊下を巡る風の音も、三人分の靴音を絨毯が吸収していく音も、誰かがどこかで交わす話し声も。まるで、
 ……まるで、ここに真佳一人だけ取り残されたみたいだ。と、真佳は思った。どくんと嫌な感じに鳴る心臓に、……唇を湿らせる。馬鹿。落ち着け。
 カーテンの閉まっていない窓から外の景色を眺めやる。大国スカッリアの首都であるというこの街にも、もうすっかり夜の帳が下りていた。窓を開けると虫の音くらいはするかもしれない。もししなかったときを考えると怖いので、開けようとは思わなかった。
 ――もう何時間かで、一日が終わる。




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