息が切れていた。
酸素不足で視界が暗く、ゆらゆらと揺らめく狭い外の世界に橙色の光が瞬いている。ちかちかちか。息苦しいほどにちかちかと。自分が立てる荒い息遣いが耳のすぐ傍で聞こえている気がした。さっきまで肺がきりきりと痛みを訴えていたはずだが、今はそれも感じられないほど脳が麻痺してしまっている。霞がかかったように難しいことが考えられない。ただここで荒い呼吸を繰り返すべきでないことは理解していた。頭ではなく体の部分に染み付いている。
「いたか」という誰かの声がした。息を殺した。喉のところで引っかかった呼気がじくじくと喉を痛めた。「いいや、いない。あっちは」別の声が続く。
狭い視界で頭上を仰ぐ。空はもう夕方から夜へ移行しようとしているらしかった。そろそろ追っ手の視界も奪われる。いくら道の端々に街灯の灯る住宅街の一画と言ったって限度はある。彼らもそろそろ諦める頃合だろう。
背を預けた路地裏のコンクリート壁が徐々に体温を奪っていくのを感じた。冷えた指先がぴくりと動く。話し声が段々こちらに近づいてくる――
コンクリート壁から背中を離して屹立した瞬間、
「はっ……!?」
足が。
地面を、
踏み抜いた。