「なぁひとつお願いがあるんだ。私を殺してくれないか」
そうだな、心臓を一息に突き刺してくれればいい。そうすれば苦しまずに逝けるから。
そう言えば目の前で情けない顔をしている男は泣きそうな顔をした。
違う、違うんだそんな顔をさせたかったわけじゃない。生きるのが嫌になったとかそんなことでもないんだよだって生きたいのは生きたいもの。それでも、この胸に刃を刺してくれれば楽になるだろうなと思うんだ。その思いが勝っただけ。
――ああ、もしやあれか。殺すことが嫌なのか。なんだ、だったら言ってくれればいいのに。そしたら私自分で胸を刺すのに。頚動脈は駄目だな。きっと楽になれないから。一突きで心臓をやった方がしがらみから開放されるなんて漠然とそう思った。本当は背後から刺してくれた方が良かったんだけど殺したくないなら仕方ないな。うん、それくらいの違いなら別にどうってことないよ。
ひょいとダガーを持った手を持ち上げた。何人もの血を吸ったそれはどこからか来る月明かりでギラリと光る。
「何を、」
ん? いや、だってお前私を殺したくないんだろう?
私と一緒に何人も殺してきたお前だから私一人殺るのなんて容易いと思ったんだけど、そうだよなぁやっぱもう人殺したくないよなぁ。私と同じだ。でもちょっと考えてみろ、
「最後に自分を殺すってのも乙だろ?」
皆が皆生きようとして戦いを繰り広げるこの土地ではあまり見ないかもしれないぞ、自分で自分を殺す奴。
そう思うと何故だか酷く愉快になってきて喉の奥でクツクツ笑った。薄暗い炭坑の中それは良く響いて私の笑い声の声量を上げる。拡声器みたいだな。胸貫くと同時に悲鳴を上げたら物凄い大音量になったりするのだろうか。聞いてみたい気もするけど残念だな。そのとき私はこの世にいないだろうから聞くことは出来ない。
「お前、」
正気に戻れ、と奴の唇が動いた気がした。やだな、私はいつでも正気じゃないか何百人殺したところで正気は失わないつもりだよ。
薄い微笑を男に向ける。戦友になる前から一緒にいた私の一番の相棒に。目を見開いて絶望を感じている男の顔が何やら可笑しくてクツクツ笑う。お前、敵に囲まれたときもそんな顔しなかったくせに。
うつぶせになって此方を見上げる男が、這うように私に真っ直ぐ向かってくる。右手と右足がごっそり無くなっているわけだから歩くわけにもいかないのだろう。というか、這うのでさえ辛そうだ。早く良い嫁さん見つけて幸せになれよ、馬鹿野郎。今度は微笑しながら心の中で呟いて、
その笑みを最後に、私はダガーを胸に突き刺した。
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